2010.05.20
グラツィアのインタビュー。けっこう長時間だが、おねえさんたちが色っぽかったので、がんばれた。あんなにきれいで仕事もできて、日本の30〜40代、実は、海外でひっぱりだこ。こんな時代が来るなんて、と思う。
昨日岸本さんからいただいた「視えるんです。」伊藤三巳華さんのマンガ、面白かった。「これは、ほんとうに、みえるんだな〜」と思った。私、高校生くらいのときこんな感じの毎日だった。全体のカラーが。視る人が見たら、いろいろしょっていてさぞかしすごかっただろうと思う。でもあの時代があったから、今があると思うし、あの時代にはあの時代の良さ(ゲームみたいだったり、スリルもあったり、すごく密な仲間もいたり)があったなあと懐かしく思い返した…けど懐かしく思い返すのもど〜なの!?
霊が見えますか?とよく言われるけど、私は見えない。ただ、感じはわかる。霊は死んだ人間の一部だろうなとも思う。なんていうか、一部しか強く機能してないロボットみたいな、そういう感じで、人格の全部はそこにない感じ?っていうの?
あの頭の痛さとか、体に余計なものが入ってる感とか、懐かしいけど、戻りたくないのはなんでかというと、さほどの人間好きではないからかもしれない。
そしておばさんになってオレ様度が増したら、つながらなくなった世界でもある。
光や花や波や空が、笑顔や心も姿もきれいな人たちや自分で全部責任をとって行動して行く世界が、悲しみや切なさや苦しみや闇やなぐさめあいよりも、優位になったオレ様の世界。オレはオレの行きたいところでしたいことをする、オラオラ!と思っていると、霊のことはわからなくなる。かといって三巳華さんたちが、低いというのではない。むしろ、優しいのだと思う。
霊が見えすぎちゃう人は、ルックスとかおしゃれ度は関係なく、顔のまわりの色(オーラではない)が濃い黄色か赤茶色。ぐっと彫りが深い感じに見える。
今日の日記、わかる人にしかわからないし、「よしもとさんついにもしくはやっぱり?」という感じだけど、三巳華さんはきっとすごくわかってくれると思う。
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