2008.03.15

晴れていたので、いっちゃんとチビといっしょにDEEs HALLのフリマに行く。珍しいものばかりみっつも買ってしまった。ひとつはヴィクトリア朝の…おまる、じゃなくてたぶん桶。
土器さんが冷静に「もしもおまるだったらふたがついているはずだし、もう少し小さいはずだから大丈夫だよ〜」と言ってくれたので、安心した。
年をとればとるほど土器さんの偉大さがわかってくる。どれをどれほどどういうふうにやればあんなふうでいられるのかがわかってきて、でもそのどれをどれほどどういうふうにを、無理のない流れで自分に責任をもってむだな感情に踊らされずに淡々と受け止めては流さないとあんなすごいことはいろいろできないはず。あと、来た流れの中で使える力をすっと自然に受け入れて使わないとできないはず。それを思うと、愕然としてしまう。私もいつか年齢を重ねて、年下の人にこんなふうに言葉でもなく態度でもなくて、「見せてあげられる」だけができたらいいなと思うばかりだ。
そんな偉大な土器さんにチビは「チビちゃん、二十まで数えられるんですよ!」と数を数えてあげていた。そうかいそうかい、とみんな思いながら聞いていた。このあたたかい「そうかいそうかい」をたくさん受けるのが子供の時期にはとっても大事だと思う。
帰りはTシャツを買ったクラブのような店のバーで飲み物がフリーだったので、ソファにどっしり座って王族のように傍若無人に振る舞い、おかしも食べつくして帰っていく…お店の人たちはすごく若く、しかしすごく優しかったので心温まった。
2008.03.14

ほんとうは展覧会に行こうと思っていたが、おそろしい嵐がやってきて全身びしょぬれになり、挫折して飛び込みで鳥鍋屋に入ろうとしたら、混んでいた。
ヒロチンコさんが「きびしいですか?」と聞いたら、お店の人が悲しそうに「きびしいですね〜」と言ったというので、おかしかった。
そしてその近くの、見た目よりもずっとまじめそうな店に入った。全部が油とバターの味で若者の店!って感じ。でもいい人ばっかりで、てきぱきしていて気持ちよかった。働いている人たちもモデルのようであった。ものすごくかっこいい店の人が、コートを取っていた私の肩甲骨の間にがすっとひじてつを食らわしてしまい、あまりにもそれがさっくり決まったので、お互いにげらげら笑った。あんなかっこいい人にそんなことをされることがあるとは…人生は不思議だ(?)。
そういえば、昨日「ふーみん」に行ったら、老若男女入り交じって満席で、厨房では全員がほんとうにむだのない、美しい動きで動いていた。粉ものをこねている人までいた。フロアの人たちもだれもさぼっていない。食べ終わったらさっとお茶が出てきて、お皿が下げられる。でもちょっとした会話もある。こんな感じに触れたのって久しぶりだなあと思って、気持ちがせいせいした。
2008.03.13

やっと体調が「普通よりもちょっと下」くらいのレベルになってきた。
なので、いっちゃんがお迎えに行ってくれるのをいいことに、ドーバーストリートマーケットで服を買ったり、レダラッハでかたつむりチョコを買ったり、ふーみんそばを食べたり、ブッククラブ回に行って、たくさん資料の本を買う。
しょこたんなみに貪欲だ…!
夜はフラだが、朝と昼はひまだったのに、夕方どばっとやることができて、遅刻してしまう。木曜日になってから遅刻が基本になっていて、悲しいのでなんとか調整しようと試みている。でも本業を投げ出して習い事に行くようになったらいけないし、どこかで折衷案を見つけるか妥協ポイントを見つけなくては。くそまじめな私にはほんと〜にそれがむつかしいのである。いちいち大騒ぎしないで、すっと出たり休んだりしてればいいのに!子供みたい!
今回もみなに教えてもらってなんとか乗り切る。ほんと、一曲くらいまともに踊れる曲ができたらいいんだけれど、道のりは遠し。でも楽しいし、自分はさておきまわりの人たちがどんどんうまくきれいになっているのを見るのが幸せだ。いちばん仲のよい子たちは私も含め、今日も「せこさん、女神みたい…」「せこさん、萌え〜!」「せこさん、ピンクのパウスカートが似合い過ぎ」「せこさん、もう別格!」と、美しくうまく気高いせこさんに夢中であった。
2008.03.12

ついにヤマニシくんも風邪に倒れる。倒れながらもベーグルとドーナツと、ごま油と塩味のポテトチップス(うまし!)を買って来てくれたので泣かせた。
私もまだ本調子とは言えず、ここぺりに行って関さんに体をひとまとめに戻してもらう。信じられないくらいぐっすりと寝てしまった。マリコさんもいたのでなんとなくおしゃべりしたりして、リラックスして楽しかった。関さんの本の絵を描いている華鼓さんのお話もした。私にも彼女にもちびっ子がいて、その子たちが関さんの本につながっているわけで、チビたちの力は偉大だなと思う。
私は個人的にはもう友達はいらない(ただでさえ少ない)し、読者の人たちとは友達ではない。もっと違う関係性だと思う。それに作品の中の人たちも私ではない。
でも、ある夜に私の本がその人たちに寄り添っていることを思うと力がわいてくるし、この上ない幸せを感じる。書いてきてよかったと思う。私はただのチャンネルで内容は天から降ってくるのだから個人的におつきあいがないのは当然だけれど、私がその人たちの生きる悲しみを和らげることができるのに力を貸したことを思うと、どんな友達よりもその人たちを身近に感じ、深いところで出会っている感じがする。
2008.03.11

朝風呂に入ってあまりのすがすがしさに笑顔になる。
やっぱり空気が違うなあ、と思う。東京の朝はなんとなくグレーだ。
みんなで千本松牧場でちょっと遊ぶが、私とヒロチンコさんを花粉の渦が襲い、ほとんど走って撤退。ヒロチンコさんのパパのおうちでちょっと休む。ヒロチンコさんのパパのパソコンがある部屋は前は真ん中にこたつがあって、パソコンデスクがそれとは別にある感じだったけれど、今回はなんとひとつの部屋の中に四つの机やテーブルやこたつなどが東西南北別々の向きに置いてあり、全てが書斎仕様になっていた。
しかも窓を開けると窓の外の物置にある棚に手が届き、本がこちらを向いて置いてあるので本棚がわり。窓の外の本棚。斬新。
ヒロチンコさん「向きを変えると気分も変わるってことかな〜」
チビがヒロチンコさんのパパと遊んでいるのを見ると、この上ない幸せな気分に包まれる。それから、これまで四人の姑(多すぎないか?)とつきあってきて、それぞれがとてもいい人だったけれど、ヒロチンコさんのママが生きていたらどんなによかっただろうな、とよく思う。こんなときいっしょに遊べたのにな。でもそうしたら男やもめの城でザ・四つの机や火事で丸こげになったウルトラマンやこけしを見て感動することはなかったかなあ。
日本の変化がいちばん激しい時代を七歳でお母さんを亡くしてひとり生き抜き、人生のまだ早いうちに妻を亡くしてしまって一人暮らしになり、それでもこつこつと生活を重ねて生き抜いてきたヒロチンコさんのパパから見たら、私とかヒロチンコさんなんてまだ幼児のようなものだろうなあ、と思う。
帰りは奈良くんの家に寄ってから、軍鶏ラーメンを食べに行き、ごちそうになった。えらくおいしかった。ありえない場所にぽつんとあるお店だった。さすが地元。
「うちに人がきたの久しぶりだ〜」と言う奈良くんは家から出なくて全然平気だし、生活は昼と夜が真逆、今自分がどこにいるかよく忘れると言っていた。夕方四時に「今起きた」とも。これまたすごい。だからたまに外にいるときはあれほどにアクティブなんだろうなあ。彼の人生は創作を中心とした長い一日のようなものかも。久しぶりに会ってもちっともそういう気がしない珍しい友達。変わらないし、安心できる。チビが奈良くんちのBちゃんにものすごくなついて、ふたりはなんとなく顔が似ているのでこれまた親しみがわいて、しかも本気でかくれんぼとかおいかけっことかおままごととかして遊んでくれるのでほんと〜うに嬉しかったらしく、別れるときなんてほとんど泣きそうで、かわいかった。
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