2008.02.19

先日、家の廊下のカーペットをしきなおしてもらった。ヤマトさんにお願いしたのだが、年配の職人さんがいらしてさくさく〜っと気持ちいいくらいに早くしっかりと最後のおそうじまで責任持ってやってくださった。ヤマトの人たちは基本的に「仕事つらい、もういやだ」という感じを(たとえそういう日があるとしても)あまり出さない。今日も仕事があるよね、それが人生だよね、どうせやるならまあ、人らしくやろうよ、だってみんな人じゃん、という感じ。マニュアルっぽくもない。なのであの独特の「いやいや来た人がいやいや仕事しているのを見たなあ」というしぶい気持ちにならなくてよくて、これだったらちゃんとお金を払ってもいいなあと思う。
ヒロチンコさんが今日も高熱で倒れていて、家の中が暗く淋しい。私もまだ本調子ではないので、重い体をひきずる感じで家事をする。ひとつひとつのことがゆっくりしかできないのでもどかしい。
2008.02.18

考えてみると小学生のときなんか、十二時くらいには寝ていたし(遅いよ!)、近所にしか行かなかったし、お金はないし、酒は飲めないし、夜、外に出るのは姉とだけだったし、不自由さを感じる要素はもっと多かったはず。でも全てがもっと自由だった。
つまり、自由というのは純粋に肉体的な問題と考えてもさしつかえないだろうと思う。
ヒロチンコさんは熱を出しながらもなんとか一日がんばりぬいていた。
韓国の出版社の人たちと打ちあわせ。通訳の人を含めてみなよい人たちで、まじめで、お顔がぱっと明るくて、心からほっとした。今年は韓国に行く心づもりがあったので、少しどきどきしていたのだ。韓国の人たちが家族の話をするとき、ちょうど私が小さい頃の親たちのような「社会に参加して家族も円満なのがいちばん」という顔をするので、とても懐かしい。
夜は余ったイチゴでイチゴジャムをがんがん作る。信じられないくらいおいしくできたので、ライバルは瀬戸内ジャムズガーデン!と言いたいところだが、やっぱりあそこまでおいしくはできなかった。手作りジャムは日持ちはしないが新鮮だし、ぶっそうな話題の多い昨今、とにかく安心だ。
2008.02.17

陽子さんが来るとチビがもうありとあらゆる言い訳を使って帰らせまいとするのがわかっておもしろ切ない。今日はさんざん引き止められてから最後の最後に陽子さんがコートを着たら急に「あの、郵便局なんですが、ハンコお願いします」と言い出して、陽子さんがサインをすると次は「たっきゅうびんです、ハンコください」と新たな書類を差し出していた。
ついにヒロチンコさんも風邪に倒れる。私もまだ熱があり、なんとも言えない状態。
風邪ってほんと、いつからこんなにきびしいものになったのかしら?歳?
関美奈子さんの「赤ちゃんを小さな人と感じたら…」主婦の友社から絶賛発売中!を改めて読んで、ああ、悔いはないけれどもう一回赤ちゃんを育てたい(無理だけど…)なあと思った。毎日のことに追われて頭がきりきりしたとき、この本があればいつでもいちばんはじめの嬉しかった瞬間に戻っていける。「なんだこのかわいい生き物、いつまで見てても飽きないよ」というあの気持ち。そしてなによりも「まてよ、こいつのほうが実はいろいろわかってるんじゃないか?ばかにしちゃいけないんじゃないか?」というあの驚きにも。
2008.02.15

まだ熱が三十八度。ううむ。
私が早寝したのでチビもつられて早寝し、八時半に着替えさせたらなんと目を覚ました。いつもは首をがくんがくん言わせながら車の中で寝たまま幼稚園に行くのに!
そしてにこにこしながら「ママ大好き、どうしてそんなにかわいいんですか?さあ、今日は幼稚園がしまるまでいっしょに寝ましょう」といっしょにふとんをかけられて、あまりのかわいらしさにくらくらと「そ、そうだね…」と言いそうになってしまった。あぶないあぶない!すごい手管だ!ナンバーワンホストみたいな奴だ!
ほとんど意識のない感じで一日中寝ていたが、夜の十一時でもまだ三十八度から下がらないので、やけになって後頭部を温めたのち、風呂に入って汗を出して寝た。夜中に目が覚めたらちょっと熱が下がっているのがわかってほっとする。時間がかかる風邪であった。
2008.02.14

お昼を食べたくらいからどうもおかしくなってきて、帰宅して熱をはかったら三十九度あった。だまって横になったが震えがとまらず、ひたすら寝た。体が痛くて眠れないんだけれど、とにかく寝ようとした。
ヒロチンコさんが行きつけのタイ料理屋さんでごはんを持ちかえってくれたが、お店の人が優しい味のスープを添えてくれて、あたたかいお手紙まで入っていたので、ありがたくおいしくいただいた。
  2008年02月 ページ: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6