2011.02.28

桜井会長からにこにこのお電話をいただき、朝から緊張…下北作家支部長がんばります。
甲野先生に刀で斬られたら(笑)よけいなものがみんな飛んだ感じで、すがすがしい。それにしても寒い、信じられないくらい寒くて、雪までふってきた。
雪の中を歩きながら、元祖クレーマーはっちゃんにごねる極意を聞き出す。
私「その件なら、なんかごねることができそうな気がする、だって道理がとおってるもん」
はっちゃん「道理とかなんとか考えちゃダメ!ごねるときは道理なんて関係ないんだから!」
う〜む、遠い道のりそして深い…。
ためしに銀行で少しごねてみるも、ごねられなれているらしく、投資信託を勧められるばかりの私。だからそんなことするお金ないって!今通帳見たらわかるでしょ、とより小さくごねていたら、となりのおじさんが「今日の担当もこのあいだのお姉さんにしてよ、あの人気に入ったんだから、ほら、あの人」と向こうにいる係のおじょうさんを露骨に指差していて、ううむ、こんなことできるなんて信じられない、自分はまだまだだ(?)と思った。
2011.02.27

桜井会長のお招きで、甲野先生を眺めにいく(野性の動物!?)。
そちらは夫側の人脈なので間接なのだが、体をつかう人たち、安田先生や内田先生つながりなので初めてお目にかかる気がしない。
前の席に座らせていただき、刀で斬る動きを自分で試してもらったり、甲野先生の息子さんに介護のときの立ち上がらせ方を教えてもらったり、寝技のすごい人を近くで見てその腰のあたりの柔軟さに驚いたり、すごく勉強になった。真剣ってすごい。よその家の床の間にじっとりと置いてあるところしか見たことないから、使われている剣の迫力そして美しさそして神聖さなどをはじめて感じた。
時代劇の見すぎで、昔は刀で人をズバっと斬ってたようなイメージがあるけど、きっと実際はもっと静かにみんな死んでいったんだな、と思った。首元に刀が通る感じって、体だけが勝手に反応して、心はついていかない。一歩下がるのをこらえるので精一杯だった。今もまだ甲状腺の両脇に違和感が残っている。体はまだびっくりしているんだろう、一瞬で死に近づいたことに。私が一歩下がりたかったことを会長はすぐに見抜いた。
前に座ってじっと人々を見ていたら、雀鬼会の人たちと一般の人たちの顔つきが明らかに違う。一方はもう持っている満ち足りた人の顔、一方は欠けたものを求めて探している顔。ものほしそうという意味ではなく。雀鬼会の人たちの、もう持ってるからいくらでも持っていきな、という生き生きした顔があまりにも輝かしいのに感激した。
それもみんなが会長の懐の深さの中に遊んでいるからだ。会長といると緊張するが、一方でものすごい力が湧いてくる。今が楽しいからどうなってもいいやみたいな、でもその中でも紙一重の判断力が必要とされるから、とぎすましていかないと、みたいな感じ。引きすぎても出すぎても命に関わるバランスを体で教えてくださっていると思う。
ここまですごい人はいなかったけど、昔はこういう職業が謎のオヤジが町にいっぱいいて、意外にそのかっこいいオヤジたち同士はいざというとき以外はつるまず、それぞれの舎弟もみんな町のためにいろいろ働いていて、みんなが彼らにいろいろ差し入れしてるからいつも食べ物やお金はその日の分足りていて、立ち寄ればいつでも不器用にあたたかくもてなしてくれたものだなあ、と懐かしく思う。日本の文化の中でいちばん大事な部分と言っても過言ではないものかもしれないから、残したい。女がやると孤児院になってしまうし、企業がやると金を集めちゃうから、この形がいちばんいいなって思う。
2011.02.26

日にちを一日勘違いしていて、ぽかんと日程があいた。
しっかりしろ、私よ!
仕事があるのは明日だったことにはっと気づき、あいた時間を「ヒアアフター」にあてる。すばらしい映画だった。私にとっては文句なし。出版、TV、スピリチュアル、男の子を持ち、最近犬が死んだ、などなどここに描かれる全ての業界に自分がまるまる属しているので、その描き方のリアルさにも驚き「これ、自分のために撮ってくれたんじゃあ?」とさえ思った。インチキな人に多く会ったあとのほんものってあれくらいしみてくるものだし、ああいうことがあったあとでは、いつものビストロで業界人をやれなくなっちゃった違和感も痛いほどわかります。
音楽もすばらしい!
あの監督は天才だ、というか今となっては、俳優をやっていた期間がもったいないとさえ思えてきた。一本でも多く観たい!
感動しながらクレッソニエールで晩ご飯、あのお店も、近所にあったら毎日行きたいお店である。そっけないけどあったかいところがパリなんだよな〜。
2011.02.25

チビの学校のオリエンテーション。
これ以上英語が伸び悩んだら学校を変わらなくては、と思っていたが、なんとがんばって巻き返したチビ。先生たちも今年は意欲的で、いい雰囲気だった。
夜は実家で、久しぶりに家族だけのごはん。超低めで安定している両親、今が最後の幸せな時代だと考えると悲しくなるけど、この時間があるとないでは大違いだ。
「親が弱って死んでいくのを見せることが、子どもにしてあげられる最高のことだから、おまえは長生きして、見せてやれ」と父が言っていた意味が、ほんとうによく理解できる。
2011.02.24

森博嗣先生の「自分探しと楽しさについて」を読み終える。
身もふたもない内容だったが、すばらしい本だった。
なんと言っても、どの角度からも鉄板で流暢に説明できるように考えが組みたてられているのにいつでももっとよい考えを取り入れる柔軟性があるところがすごい。そして、下手に希望を持たせて地面から足が離れないようになっているのが、いい。
夜、フラに行ったら、クムがいらして、ゼリちゃんのために泣いてお祈りしてくださった。クラスのみなさんもしっかりつきあってくださり、あまりに感動して涙もひっこむくらいだった。クムが「天命をまっとうするって、ほんとうにだいじな、すばらしいことなのよ」とおっしゃった言葉がいつまでも胸に響いていた。
長い間フラを続けてきて、はじめは「取材だから」とどこかに心の中で線をひいていたけれど、ハワイのメインのお仕事が終わったあとは、自分の責任で、好きでその場所にいると思っていた。だから今、私は心からクムの元にいるし、クラスを支えていけると思っている。なにかに属する幸せを、生まれてはじめてほんとうにくださって、ありがとうございます、とクムと先生たちと全てのフラシスターに対して思う。
じゅんちゃんとまみちゃんと焼き肉を食べていたら、自分の中に活力がやっと戻って来たのを感じた。ほんとうにありがたいことだ。
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