2009.06.25

としちゃんが来日していたので、いっしょにお茶をしたり、仕事の書類をざっと見て意見を交換したり、ラ・プラーヤにごはんを食べに行ったりした。
何回行ってもおいしい。今回は初めての野菜の煮込みとか、スモークした鰹とか、ガスパチョのようなもの(名前を忘れました)とか、新たな感動があった。現役マドリッド人のとしちゃんも、おいしいと行っていた。そのあと児玉さんのワイルドなスパニッシュライフの話を聞いたけれど、としちゃんとあまりかぶっていないような…というか年代もやっていたこともワイルドすぎる!
でもほんとうに一晩中遊ぶ楽しさとか、自然の中でかぶりつくように食べたなにかの味とか、泥酔した次の日の青空とか、そういうのを知らない人には確かにあの味は作れないかもしれない。繊細なのに小さくなっていないというのがやっぱりすごい。
としちゃんが近くにいないと、ちょっと心細くなる。ほんとうにみんなとしちゃんを頼りにしているのに、としちゃんはそのことに対して根っからポジティブで、なんとすてきなんだろうと思う。
2009.06.24

近所のまゆみさんのところに、なんだかわからないがものすごいトリートメントを受けに行く。まゆみさんが触ってくれた足がどんどんあたたかくなって、寝ているような違うようなものすごくすてきなふわふわした感じになった。
でもまゆみさんの言うには、霊的な訪問者として、死んだおじいちゃんとか七福神みたいなものがどんどんやってきたそうだ。
私はイケメンの天使とか金髪でローブの人とかを勝手に思い描いていたそのヒーリングだったのに!
まゆみさんのまわりにはいつもなんともいえない色っぽく静かな空気が漂っていて、気持ちが静かになる。その静かな気持ちのまま、きらきらと晴れた道を気分よく散歩して帰ったら、ヤマニシくんの「トモダチコレクション」の中では私とチビがつきあいはじめていた。そのうえ相性は46パーセントとか、そのくらい。でもわかりますよ、それ。ほんとうんざりする相性だもん。他人だったら別れてると思う。親子だからやむなく全面的に受け入れてるだけで。向こうもそうだと思う。
2009.06.22

チビがかわいそうなので、一日つきあって遊んであげることにする。
パパといっしょにおいしいインドカレーを食べに行ったり、邪宗門のすてきな老夫婦とおしゃべりしながらお茶したり。あのすてきな人たちが生きているだけで、幸せだ。
でも、チビはパパにもママにもずっとしかられっぱなしで、気の毒なほど。どうやったら、ここまで悪いことばっかりできるのか?くらいに悪いのだ。しかもしかられるとわかっていて悪ふざけが止められないみたい。そういう年頃なんだねえ、と言いながら、家族三人、久しぶりに水入らずの休日を過ごして、みんなちょっと笑顔が柔らかくなった。チビはインフルエンザを経験して、背がのびて、肩幅が広くなった。
みんなで峠を越した感あり。川を渡った感かな?
2009.06.21

もうものがすっかりなくなったワンラブに、最後のご挨拶へ。
チビがいつもみたいにペンキ塗ったり工作すると言ってきかなくて、ほんとうにダダをこねたり泣いたりして、胸キュン。
代わりに「よかったらそれを持って行きな」とゴキブリがいっぱい入ったホイホイをくれようとする蓮沼さんと、笑顔で別れた。もうこんな日曜日はないんだね、今までありがとう。
もうこんな切ないこといやだ、でも時間は流れていく。みんな生きていて元気で会えれば、それでいい。そう思おう。思い出がいっぱいで、重くて、うまく歩けないくらい。陽子さんも切ないなあ、とつぶやいていた。
そのあと父の日を祝いに実家へ行って、優しいたかさまに踏まれたら、みんな少し元気になった。
母も首をもんでもらって、少しごきげんになっていて、よかった。
姉のお料理もおいしく、父は四個もコロッケを食べ、陽子さんもいるのでチビは喜び、いい感じの夜だった。孫が夜中にむちゃくちゃ騒いでもほんとうに嬉しそうにしてくれるのは、ジジババオバだけだね。
でもうちのお母さんの「なに、その汚い手、手をふいて〜!」というのを聞くの、自分が子供の時以来だが、まだドキドキする。しかもお母さんはチビに「バーバはおっぱいあるの?」と聞かれて、おっぱいを見せていた。チビが喜んでさらに「おまたは?」と聞いているのでどうしようと思ったが、さすがに「それは見せない」と断わっていた。ほっ。
2009.06.20

誘われて、もりばやしみほさんのライブへ。
ソロライブではなく三組中のひとりだし、弾き語りだし、そんなに感動するなんてどうにかしてないか?というくらいに、感動してしまった。涙は出るし、もりばやしさんをほんとうに好きになってしまうし、歌はすばらしいし、詞もすごいし、久々に心ががくがくっと震えた。
音楽が体の中にきゅうっと入ってきた。
もりばやしさんはものすごく神秘的な人で、いつも笑顔だがつかみどころがなく、いつも陽気だがなんだか淋しそうで、ふっと風の中に消えて行ってしまいそうな美しさはかなさがある。この人はいったいなんなんだろう?と会うたびに思ったが、それは才能のものすごさだったのだ、と確信した。これから彼女の音楽は凄みを増していくだろうし、これまでのキャリアは彼女のほんの一角に過ぎない、そんな計り知れない才能を感じた。
久しぶりにいとこのたづちゃんに会えたので、夜中までピザと餃子のはしごをする。チビの好きなメニューばかりなので、チビ大喜び。
中央線沿線で、中年が多い、ちょっとゆるい空間で、もうどうしようもない感じの気持ちで、ずるずるっと飲む幸せっていうのは、それはそれでかなりいいものだ。その感じを久々に思い出して、人々が中央線から離れない気持ちがわかるなあと思った。
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