2008.07.25

大海先生のおうちでとれたてのキュウリやトマトやお芋をいただきながら、ものすごいパンクな紙芝居を見る。意外な展開、皮肉な結末、風刺がいっぱい&予定調和ゼロで、七十八歳とは決して思えないすばらしい内容だった。絵もすばらしすぎた。公立の学校では決して上演許可がおりないそうだ。こういうのこそ、子供に見てほしいのに。
十歳のときに大海先生の暗い世界に深くひきつけられた自分のことを思うと、子供にほんとうに必要なものをわからない教育者たちの頭の固さにびっくりだ。親が認めて見せてあげるしかないのだな。
当時私に大海先生の本を紹介してくださった理論社の小林さんは、千駄木のものすごくしぶいアパートにすっごくエロくて大人っぽい奥さんと住んでいて、私はたまに遊びに寄らせてもらったものだ。鷹揚でクールな彼女のたたずまいを見て、大人の世界は深いなあと思ったことまで思い出した。
他の絵本がどうしても好きになれず、大海先生の世界にだけ心を休めることができた暗い子供だった自分は間違っていなかった、と44にして再確認。
私の過敏さは、弱さとイコールではない。つまらない人生を送らないために決して妥協しないための、立派なセンサーなのである。このセンサーは厳しい水準を妥協なく要求してくるので苦しいが、逆らうときっとこんなになまけものの自分はすぐだらけてそこそこの人生を選んで、なんでも人のせいにして、おいしいものを食べたり飲んだりばかりしているが満たされず、てきぱき動きもせず、あまり人のためになることもせず最低限のことをいやいや要領よくやるだけで、つらいときも笑顔でいるような人をまぶしくねたましく思うだけで、いつもぶっちょうづらをしてぶつぶつ文句ばっかり言って(まあ、今もかなりこの感じはあるんだけれどさ、書いていてあてはまりすぎて冷や汗が出てきたもん)、そのまま死んでしまうことになるのが見えているので「それだけはいやだ!」とすごい葛藤をしながらもかなり忠実にやってきた。このセンサーのおかげでぎりぎりのラインでいつも生き残ってしかもひとりでも熱く燃えていられるのである。そして悔いない人生の時間を生きることができている。この厳密なセンサーこそがイハレアカラ博士のいうところの「ウニヒピリ」なのかもしれない。
みんなでものすごくおいしく全てが新鮮なお店に行って、ばんばん食べて、満腹になって水族館へ行った。大洗水族館は素朴なのに働く人がみんな一生懸命で充実していた。
大海先生が「触れる水槽」で小さいサメをつかみあげたら係の人もサメもびっくりして、「お水の中で触ってください!」としかられていて、さすがだな〜と思った。あとイルカショーを見ながら「ほら、やっぱりえさをやらないと芸をしないんだよ」とおっしゃっていて、大海先生の健在さに拍手したくなった。
アメフラシを触ったら、信じられないくらい気持ちよくて、ずっと触っていたかった…。ちびっ子のほっぺた以上に癒される生き物であった。海で踏むとむらさきの液がどばっと出ておえっと思うんだけれど、手でなでなでしているぶんにはハッピーなものだったのね!
別れの淋しさで胸がいっぱいになったけれど、それも旅の醍醐味。だんだん時間が淋しさの中から自分の生活のほうへ戻ってくる感じもとても大切だ。
2008.07.24

44歳になりました。茨城へ旅をする。
高速バスの運転手さんに笑顔はなく、乗客も息をつめて乗っているような感じ。ほんとうにつまらないなあと思う。移動のための移動、仕事のためのしかたない仕事。そういうのを見ることが多い昨今。
ぐうぐう寝ながらついた茨城は、表情豊かないい人ばっかりで気さくでなんだかほっとした。
大海先生の奥様の明子さんが迎えにいらしていて久しぶりの再会、すでにお部屋の中には大海先生の描いた超すてきなびょうぶとお誕生プレゼントのスイカとゆでとうもろこしがあって、大感激した。
いっちゃんとチビと、海を見ながら温泉に入って「いいお誕生日だなあ」と思う。
お風呂にいる主婦たちもみんなうわさ話をしているのに、ちっとも暗くどろどろしていなくて、最後には「はやく元気出るといいね」「ほんと気の毒だね」といい感じのしめくくりなのである。茨城、いいところかも…。
夜は大海先生と明子さんといっしょにごはんを食べに行く。
おふたりがいきなりパンチのきいた「象がスイカを丸呑みする」ものまねをしだしたり、チビに言われるがままに貝殻を目にはめたり、「このお店は…平凡ね!」などと激しいコメントを次々くりだすので、みんな大笑いして幸せなごはんの時間を過ごした。
ごちそうになっては悪いと思い「せめてここは私が」と言ったら、明子さんににらまれて(そんなこと言うと)「こわいよ〜!」とはねかえされたが、この件に関してこんな面白いリアクションは生まれて初めてである。
後からヒロチンコさんがトシヨロイヅカの激うまケーキとシャンパンを持ってやってきたので、大海先生のおうちでいただいた。いいワンちゃんもいるし、おふたりも楽しそうだし、いいおうちだし、ほんとうに来てよかったとしみじみして眠った。
2008.07.23

昼間はひたすらに仕事をしたり、用事で出かけたりしたが、途中でチビがどうしてもママとおデートをしたいと言い出し、炎天下をちょっとだけいっしょに散歩。ピザなど食べてしばしゆっくり過ごした。家でするお仕事はなかなかその忙しさがわかってもらえず、合間に家事もしているのでますます伝わりにくい。でも「ママといっしょにいて今いちばん楽しい、このお店も楽しいね!」などと言われると、忙しさも吹き飛ぶ。
美雨ちゃんのライブ。歌も演奏もすばらしく、何回かぐっと涙がこみあげてきた。ふだん純粋な内容を歌う女性ボーカルというものの良さがさっぱりわからない私なのだが、美雨ちゃんほど音楽的クオリティが高く、声も美しく、言いたいことに筋が通っているとはっきりと理解できる。美雨ちゃんの言いたいことがあまりにも切実なので、人生のいろいろな美しい側面がよみがえってくるようであった。あの切実さを無邪気と呼ぶ人を私は好まない。とても幸せなライブだった。
彼女の声はすごいと思う。美雨ちゃんがただ「きみのいない街 空っぽの水槽みたい」と歌っただけで、なぜか涙が出てくるのだ。だれとも別れていないのに、そんなに珍しい言葉でもないはずなのに。
表現力の根幹である彼女の情緒がしっかりしているからだろうなと思う。
ロビーであんだちゃんと会えたのでこれも幸せだった。あんだちゃんはすごくかわいいのにちっとも「女」を生きてないので、ものすごく気楽。実は男の子って口では「色気がないぞ」とか言うけど、そういう子がいちばん好きなんだよね。あんだちゃんのお友達たちの人相も信じられないくらいよかったので、ほっとする親心。
歳をとるということは、知っていたちびっ子たちが大きくなって大人になるのを見ることができるというすばらしいことだと思う。
2008.07.22

恵さんとデート。
和食を食べ、就職話などをしたり、そのへんを見たりしてだらっと過ごす。恵さんもはじめて知り合ったときなんてまだ子供だったのに、すっかり大人になってしまって、としみじみと思う。人は変わるものだなあ、そして変わらないところがあるからつきあいが続いているんだなあ。
恵さんと会うと「人は見た目だ…」といっそう思う。
ようするに、内面がはっきりと定まっていて、それが外に出ている服装、外見の人はあいまいな内面の人に比べて、輪郭がくっきりとして見えるのだと思う。どんなにたくさんの人がいても、恵さんのことはすぐ見つけられる。
2008.07.21

休日で、町に浮かれた人がいっぱいいて、見ているだけでも楽しい。
でも私は炎天下で植え替え。めまいがしたしいっぱい蚊にさされた。
夜実家に行って、たまたま来ていたなっつと私のプレお誕生会。「今日は地味飯で量も少ない」という姉の聞き飽きた嘘もすてきだった。結果腹いっぱいに!
チビは久々になっつに会って照れまくりながら「おいくつですか?」と聞いていた。今最も彼の気になることは、人々の年齢。そして聞かれてないのに「陽子ちゃんは四十一です」などと勝手に教えていた。なっつはしっかり働いていて楽しそうなので、やっぱ男の子は鼻血出るまで仕事しないとね!と思わずにはいられなかった。会えてよかった〜!
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