人生のこつあれこれ 2012年4月

3月末から4月頭に、生まれて初めてイギリスに行った。
私が最も影響を受けていた七十年代の文化は全てアメリカからのものだ、と思っていたが、そうとうな分量イギリスが入っていたんだなあということがよくわかった。
最もリアルにそれを思ったのは人々やそこに漂う空気の全てが、幼いころよく見ていた「モンティ・パイソン」に似ているということだった。あの独特の雰囲気もイギリスでは普通の毎日の雰囲気なんだなあと思って、あらためて驚いた。
取材をかねていろいろなストーンヘンジをめぐってみた。
それぞれがとんでもなく不思議だし、そのあと上書きされた今の文化から見たら唐突な場所にあった。
それに山にはでっかい白い馬がくっきり描いてあるし、墓だか丘だかよくわからない変な場所がいっぱいあるし、ほんとうに奇妙だ。
グラストンベリーでは古い宿に泊まった。そのぎしぎしいう部屋とかぼろぼろの窓ガラスとか、全てがほんとうにハリー・ポッターな感じ。町には妖精みたいな服装の年配の人がいっぱい住んでるし、変な生き物がうろうろしてるし、チャリスの丘に登ればなにか強いものの気配が満ちているし、確かにスピリチュアル的な意味が満載の場所だったのだが、あまりにも満載すぎて「それがどうしたのだろう」みたいな気持ちになってしまった。
あれもいそう、あれも見えそう、ここはきっとこういう場所、でも、それがどうしたのだろう、自分の人生にどう関係あるのだろう。
ただそんな感じだった。
それぞれの場所に歴史と営みがあるんだね〜、みたいな、淡々とした気持ちだった。
ただ、それを見ているのはとても心地よいことだった。
どんより曇った空の下で飲む紅茶はものすごくおいしい。
早い夜にいろんなおいしすぎるビールを飲んでイモを食べたらもう晩ご飯はいらない。
そういう小さなことが、体得したいちばん大きなことだった。
いつも忙しい大野百合子ちゃんと、舞ちゃんと、なかなか会えないじゅんちゃんと、としちゃんと、私の家族、そしてはっちゃんの運転。そんな変なメンバーでイギリスの変なところにゆっくり行った、それこそがもう最高のできごとで、そのメンバーにひとつもいやなことはなかった。なんでこんなすてきな人たちと過ごせるんだろう、とずっと思っていた。それが一番の贈り物だった。
あまりにも違和感なく過ごしてしまったので、今もあの人たちと毎日ごはんを食べたり車で移動したりしたのが、夢みたいな感じがする。
あんなにたくさんの牛や羊や草原を見たことも、夢だったみたいな。
 
 
綿矢りささんの「ひらいて」を読んで、とても感動した。
なにに感動したって、敗者の気持ちを徹底的に抱いていることだ。
ルックスがよかろうが、スタイルがよかろうが、どんなに普通に振る舞おうが、なぜか人はその人の持っている重さや深さを気づき、恐れる。そして気づかれてしまったら、欲しかったものは手に入らない。つまり負けだ。
いちばん身近なたとえを言えば、しょこたんが半ヌードになってどんなにきれいでもかわいくても、ある種の不思議な気持ちにはなるが、男の人はば〜んと飛びついてはいけない、そんな感じに似ている。
本人に罪はない、ただ人が心をさっと開くには、その人は複雑すぎ、強すぎ、深すぎるのだ。気楽にはなれないのだ。
その負け感をここまでほりさげるなんてすごい。
もうひとつは初恋というもののあの理不尽なまでの深さをこれまた徹底的に追っていることだ。
ここまで徹底的だと、もう他の追随を許さない。
初恋ってなんだろうとさえ思った。遺伝子的には意外に正しい判断なのではないのかしら?でも人間は遺伝子につきうごかされる以外にもいろいろ環境があるから、うまくいかないのだろう。
たとえば私は今、初恋の人と普通に連絡が取れているのだが、あの気持ちをひとかけらも思い出せない。いい人だなあ、幸せであってほしいなあ、楽しかったなあ、そんな感じで、あのときの異常な深さが彼に接しても全くよみがえってこない。
なのに、綿矢さんの小説を読んだら、忘れ物を取りに行きがてらもしも彼の教室に入れたら、どんなにいいだろうと思った、あの変な気持ちを生々しく思い出した。彼の好きな女性と話すと変にドキドキしたこととか。
ひとりの異様に濃い人(多分自分もそうだからよ〜くわかる)が存在するだけで、みんなの磁場がぐちゃぐちゃになる感じもむちゃくちゃ生々しい!
これが文学だ…
と思ってから、そのすぐあとに載っていた自分の小説を読んでみたら「これは小説じゃないな、寓話でさえないかも…これは、生きていくことが少しでも楽になるためのハウツーものだ」ということがよくわかった。
だからこんな素知らぬ涼しい顔で文学界に存在できるし、手放しで賞賛できるのだろう。
その直後に森博嗣先生の「ブラッド・スクーパ」を読んだ。
ミステリであり時代劇であり、あまりにも知的であり、人間と交わるということの真実であり、とにかく「バガボンド」を読むくらいにひたすら面白く読んでしまったのだが、やはり「これは私と同じくらい文学ではない、自分が知っていることを人に分けようという手段がたまたま才があった小説であったというだけだ」と思った。
生きていたら、人の見えないものがいろいろ見えてきた。そうしたら、いろんなことの仕組みもわかってきた。これは、伝えたほうがいいだろうし、人のためになるだろうし、人の苦しみが減るだろうから、伝えたい。とても面倒くさい、できれば説明もはしょりたい、でも知っていることを他の人に伝える義務が人類にはある、だから自分が楽しめる範囲で、でも本気で書いている、そんな感じ。
そこだけが唯一森先生と自分に共通していることかもしれない(って勝手に決めているけれど森先生がどうなのか実際はよく知らない!)。
これからもこんなふうにしか存在できないと思う。それでも書くということしかできないから、いてもいいのだと思っている。人の役にたてたらいいなと思っている。
 
 
父が亡くなってから、はじめて父の夢を見た。
父は実家の居間にいて、ごはんを食べてにこにこ笑っている。最後のほうの、少しボケてごきげんなときの父だった。
夫や子どもや姉は台所のほうにいてなんとなく行ったり来たりしている、いつもの夕食の感じだった。 懐かしく嬉しく思ったが、よく見ると居間の周辺が白く光ってぼやけているのに私は気づいて、
「ああ、お父さん、まだ死んだことがはっきりとわかっていないんだ、ここはお父さんが作った生前の世界なんだ」と切なくなる。
伝えたほうがいいのか、このままにこにこさせてあげておいたほうがいいのか、私は当惑していた。
そうしたらなぜかとなりに桜井会長がいらした。
そして父と会話をしていた。初対面の人とはあまり目を合わせない、すっと背筋が伸びた姿がリアルだった。
父「なぜか、少し見えるし、食べられるようになってきたんですよ」
会長「もしかしたら、もう少しめしあがることがおできになるんじゃないですか?あと、もう少し歩かれても大丈夫だと思いますよ」
そこで私は、会長が父にもう体を離れて自由に動けるようになったことを、遠回しに伝えようとしてくれているんだ、と思った。
父は、会長がただものではない雰囲気を察して、少しボケから戻り「この方は?」と言った。
私は、雀鬼だったこととか、会長のすごさをなんとか説明しようとしどろもどろに話し始めた。すると会長が言った。
「いいんですよ、ばななさん、お父さん、私はね、ばななさんのお友達です」
そこで目が覚めた。
すご〜い、会長、あんな途中の世界に来ることができるなんて。
私は素直にそう思った。
父は、日によっては自分の状態を悟り、日によってはああやってわからなくなり、今はそういう時期なんだなあと思った。
しかし、そのあとで会長の日記を読んでびっくりしたのは、会長も全く同じ夢を見ていたことだった。場所も会話も同じ。ただ単に同じ席に居合わせた人たちみたいに、同じだった。
世の中には不思議なことがいっぱいある。
でも、だからどうということはない。
そのことで立ち止まる必要はない。
人がその人を生きれば現実にも見えない部分にも様々なできごとがあり、そのできごとの中の良きことをありがたく思いながら、また生きる。それだけでいいのだと思う。立ち止まらずに「会長はすごいなあ、ありがとうございます」と心から思う、それだけがほんとうにできることだと思う。
 
 
インフルエンザ×2と危篤の父のお見舞いをしていたので、冬のあいだ、全く家を掃除できなかった。
春になったし、ほんとうは父を見舞うためにあけていたスケジュールを使って、家の掃除をしながら気づいたことがある。
今はやりの断捨離だけれど、あれは確かにとても有効だ。
でも、なんでもかんでも捨てればいいってものじゃない。ものを減らす、シンプルに暮らす、そういうふうにするには、まず本人が自分の生き方を選んでいなくてはならない。選ぶとはどういうことか、それはつまり「他の可能性を捨てる」ということだ。
なにを捨てられるかを考えることは、自分の人生からどの可能性を追い出し、なにをつかんでいくかを決めることだ。
これは意外に大変なことなので、若いうちはむちゃくちゃでもいいと思う。いろいろやってみないと、なにを捨てられるかはわからない。
大好きな陶芸家のイイホシユミコさんについての本がもうすぐ出る。
「今日もどこかの食卓で」というタイトルで、一田憲子さんが文章を書いている。
この本を読んで、私はイイホシさんの特別なたたずまいのわけがわかった気がした。彼女の人生には浮気心のようなものがはいる隙はない。時間をかけて彼女が決めたことはほんとうに決めたこと。いらないものは、いらなかったもの。もうふりかえらない。そういう人生を久々に見て、すがすがしかった。
深いところでなにかを決めてから部屋を見たら、捨てるものはすぐわかる。
スケベ心のない目で見ないと、見えないものがある。
もしその気持ちで家を掃除できたら、きっと人生はほんとうに変化するだろうと思う。
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